2009年02月22日
ボンネットくらいあけろよ!
何でもかんでもディーラー任せってか?
『見んでも壊れんし、見ても判らん。』と、のたまう。
おいおい、自動車関連の会社にいてそれはないだろ・・・
確かに滅多な事では壊れないけれどさ。
壊れない車は大したものだが、だからと言って点検しないというのはいかがなものか。
私は最低、月に1回はボンネットを開け、エンジンのヘッドカバーや、バッテリー周りのホコリを拭くようにしている。
時々オイルのにじみなんかを見つける時もあり自然と注意が行く様になる。
所詮クルマも機械。人が手をかけてこそ寿命にも差が出ると思えるのだが・・・
2009年02月14日
私のカーライフ その2
さて、小学生にして初めて車のエンジンをかけた私だが、その後高校を卒業する年の春に免許を取るまではこれと言って何事もなく過ぎて行く。
私には兄がいるのだが、学校帰りや暇なときによくやった遊びがある。
”The グレード比べ”(今、勝手に命名した。)ルールは簡単。
まず、じゃんけんをして順番を決める。
あとは、道路の横で待っていて、ひたすら自分たちの目の前を横切る車の車種やグレードを競い合うのである。2車線あるから右と左から同時に来たりすると必死になった。
『あっ、右からセリカが来た!』『左はクラウンだ!早く来い!!』なんてね。
単純だが当時(1970年ころ)はそれで結構盛り上がれた。
私の実家は愛知県と三重県の県境、宇宙鯉で一躍有名(?)になった弥冨市(旧弥富町)であるのだが、当時、車の量はそれほどでもなく、時間帯によっては10分以上も待たされることなんてしょっちゅうで、途中であきらめて帰ることもあった。
ど田舎だったなー。
私には兄がいるのだが、学校帰りや暇なときによくやった遊びがある。
”The グレード比べ”(今、勝手に命名した。)ルールは簡単。
まず、じゃんけんをして順番を決める。
あとは、道路の横で待っていて、ひたすら自分たちの目の前を横切る車の車種やグレードを競い合うのである。2車線あるから右と左から同時に来たりすると必死になった。
『あっ、右からセリカが来た!』『左はクラウンだ!早く来い!!』なんてね。
単純だが当時(1970年ころ)はそれで結構盛り上がれた。
私の実家は愛知県と三重県の県境、宇宙鯉で一躍有名(?)になった弥冨市(旧弥富町)であるのだが、当時、車の量はそれほどでもなく、時間帯によっては10分以上も待たされることなんてしょっちゅうで、途中であきらめて帰ることもあった。
ど田舎だったなー。
2009年02月11日
私のカーライフ
今日からは、私のカーライフを振り返りながらブログってみたいと思う。
私が初めて車と言う乗物に出会ったのはかれこれ40年位前、そう1969年くらい。
1969年と言えばアメリカが有人宇宙船アポロ11号で月面着陸という人類にとっての偉業を成し遂げた年である。
これを否定する意見もあるがそれはさておき・・・
我家にとって初めての自家用車は三菱の軽トラックだった。
ボンネットの前端に燦然と輝くスリーダイヤモンド!ボデーカラーはウグイス色?
残念ながら車名はわからない。
新車だったのか中古だったのかは定かではないが、たぶん父親にとっても初めての車だったであろう。農業を営む我家にとって重要な機動力であった。
野良仕事で使う機材や肥料、苗や野菜、米、腐葉土など、リヤサスの板ばねが逆に反り返るくらい、ありとあらゆる物を載せて家と田畑、市場を駆け回っていた記憶がある。
はっきり覚えているのは、夏のある日曜日の午後、家族が昼寝をしている最中にこの車の運転席に乗り込んだ私は、何を思ったかついたままになっていたエンジンキーをひとひねり。
すると見事にエンジンが目覚めると同時に、私のカーライフも目覚めたのであった。
あとで母親にこっぴどく怒られたが、”エンジンをかけたった”という行為にひどく興奮していた。
まあ、こんな感じで続けて行きやすんでよろしく~。
しかし、40年も前の記憶であるし、私には車というものがどんな仕組みで動くのかさえ理解していない年齢だからあやふやなところはご勘弁を。
私が初めて車と言う乗物に出会ったのはかれこれ40年位前、そう1969年くらい。
1969年と言えばアメリカが有人宇宙船アポロ11号で月面着陸という人類にとっての偉業を成し遂げた年である。
これを否定する意見もあるがそれはさておき・・・
我家にとって初めての自家用車は三菱の軽トラックだった。
ボンネットの前端に燦然と輝くスリーダイヤモンド!ボデーカラーはウグイス色?
残念ながら車名はわからない。
新車だったのか中古だったのかは定かではないが、たぶん父親にとっても初めての車だったであろう。農業を営む我家にとって重要な機動力であった。
野良仕事で使う機材や肥料、苗や野菜、米、腐葉土など、リヤサスの板ばねが逆に反り返るくらい、ありとあらゆる物を載せて家と田畑、市場を駆け回っていた記憶がある。
はっきり覚えているのは、夏のある日曜日の午後、家族が昼寝をしている最中にこの車の運転席に乗り込んだ私は、何を思ったかついたままになっていたエンジンキーをひとひねり。
すると見事にエンジンが目覚めると同時に、私のカーライフも目覚めたのであった。
あとで母親にこっぴどく怒られたが、”エンジンをかけたった”という行為にひどく興奮していた。
まあ、こんな感じで続けて行きやすんでよろしく~。
しかし、40年も前の記憶であるし、私には車というものがどんな仕組みで動くのかさえ理解していない年齢だからあやふやなところはご勘弁を。